| 国会通信 by 谷本たつや 2004.3.12(第20号)
幸せのかたちは、国が決めるのか・・・夫婦別姓について
3月11日午前8時、自民党本部で法務部会が開かれ、夫婦別姓を可能
にする民法改正案が議論されたが、異論が相次ぎ、今国会での法案提
出は見送られる可能性が高くなった。
私の個人的意見としては、「幸せのかたち」は、国家が決めるものでは
なく、個々が自分たちの考え方に従って決めるべきものであり、国民がどの
ような選択をした場合でも不利益が生じないように制度を整備することが国
の義務であると考えている。
夫婦別姓議論の始まりは、1996年に法務大臣の諮問機関である法制審
議会が「選択的夫婦別姓制度」を答申したことに始まる。これは、結婚時
に「同姓」か「別姓」かを選択できるという制度であるが、「家族崩壊につな
がる」という強硬な反対意見が強く議論が前に進まなくなっていた。
これに対し、今回の法案は、「例外的夫婦別姓案」と呼ばれ、夫婦同姓を
原則とし、「職業生活上の事情」や「祖先の祭祀の主宰」等の特別な理由が
ある場合に限り、家庭裁判所の許可をえて「別姓」を可能とするもので、ある
意味では妥協案である。しかしながら、今回の議論でも、「夫婦別姓は国家
解体運動の一環だ。」「家庭崩壊につながる。」「少子化を促進する。」
等の反対意見が相次いだ。
考え方は多種多様であるので、反対意見が間違っているとは言わない。
しかし、世界の国々のほとんどが夫婦別姓であり、夫婦同姓の国が実は
希少な例であるという事実を考えれば、「国家解体」や「家庭崩壊」は、あまり
に極端な考え方ではないだろうか。名前さえ同じなら家庭が円満で子供も増え
るという理屈は、「形さえ整えておけば良い」という日本の悪しき形式主義の
ように感じられてならない。また、これらの反対意見を聞いていると、夫婦別姓
を望む人は、何か常識から外れた変わった人であるかのように聞こえてくる。
この議論の中に、「差別」を感じるのは私だけだろうか。
民主主義である以上、反対も賛成も自由である。ただ、現実に夫婦別姓を
願い、「事実婚」の状態でこの制度の成立を待ち望んでいる人が少しでもいる
以上、国会議員としては、その人たちに何らかの解決策を提示してあげなけれ
ばならない。
「幸せのかたちは、個人の自由」。日本の国はそういう国であるべきだと
思う。
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