| 国会通信 by 谷本たつや 2001.12.5(第10号)
政治にスター・システムを作れるか?
小泉純一郎総理は、久しぶりに日本の政界に登場した「スター」である。
このことに異論を挟む人はいないであろう。しかも、従来常識とされた手順を
踏まずにトップに立ったという意味では、「異質のスター」である。この厳しい
経済情勢下において、就任半年を過ぎても依然として75%前後の支持率が
あるというのは驚異的であり、そういう意味では「スーパー・スター」と言った
方がいいのかもしれない。
今までの自民党における「出世システム」はとても分かりやすい。
まず、連続当選をして長く国会議員をすること。人事はすべて「当選回数至上
主義」の原則によって決められていく。事実、最近の総理経験者の、総理に
なるまでの国会議員在職年数は非常に長く、だいたい30年くらいである。
次には派閥のために汗をかき、派閥の領袖(トップ)を目指すこと。基本的に
自民党総裁(=総理)は派閥の領袖から選ばれる。この派閥の領袖になる
ためには、長年にわたる涙ぐましい努力が必要になる。資金面や選挙面の
面倒をたくさんみて、派閥内に自分の子分をたくさん作らなければならないからだ。
つまり、日本の政治のトップ(総理がトップと仮定して)に立つのに必要なのは、
「選挙に強いこと」と「資金力があること」であって、政策論や国民の支持とは
関係がないのである。
この日本のシステムはある意味で、「スター」を生み出させないシステムである。
どんなに能力があり、国民の人気があっても、「30年の下積み」をしなければ
「総理」になれない。政治の世界に30年もいれば、「輝き」は色あせる。
小泉さんも総理になるまで29年かかったが、「輝き」が消えなかった稀有な例で
ある。しかしそういう人は「永田町」では「変人」と呼ばれる。
アメリカの大統領制、イギリスの議院内閣制には「スター」を生み出し、それを
支えるシステムが制度として定着している。そしてそのことが国の活力となって
いる。「スター・システム」が存在しない日本において、「小泉純一郎」という
強烈な「スター」を経験した日本人は、もう本来の日本型政治に戻ることに耐え
られないのではないだろうか。
私は、軽薄な意味ではなく、実力と国民の支持を兼ね備えた「総理」を生み
出し、支えるための「スター・システム」を日本でも構築すべきだと考える。
そうでなければ、例え今回のように突然「スター」が現れたとしても、それを支える
制度が欠落しているために、国民の期待に答えられなくなってしまう。政治家に
とって最も大きな説明責任は、「総理の選び方」ではないだろうか。
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