 |
幸せのかたちは、国が決めるのか
|
04.3.23 |
・・・夫婦別姓について
|
3月11日午前8時、自民党本部で法務部会が開かれ、夫婦
別姓を可能にする民法改正案が議論されたが、異論が相次ぎ、
今国会での法案提出は見送られる可能性が高くなった。
私の個人的意見としては、「幸せのかたち」は、国家が決める
ものではなく、個人個人が自分たちの考え方に従って決めるべ
きものであり、国民がどのような選択をした場合でも不利益が
生じないように制度を整備することが国の義務であると考えて
いる。
夫婦別姓議論の始まりは、1996年に法務大臣の諮問機関
である法制審議会が「選択的夫婦別姓制度」を答申したこと
に始まる。これは、結婚時に「同姓」か「別姓」かを選択できる
という制度であるが、「家族崩壊につながる」という強硬な反
対意見が続出し、議論が前に進まなくなっていた。
これに対し、今回の法案は、「例外的夫婦別姓案」と呼ばれ、
夫婦同姓を原則とし、「職業生活上の事情」や「祖先の祭祀の
主宰」等の特別な理由がある場合に限り、家庭裁判所の許可
をえて「別姓」を可能とするもので、ある意味では妥協案である。
しかしながら、今回の議論でも、「夫婦別姓は国家解体運動の
一環だ。」「家庭崩壊につながる。」「少子化を促進する。」等の
反対意見が相次いだ。
考え方は多種多様であるので、反対意見が間違っているとは
言わない。しかし、世界の国々のほとんどが夫婦別姓(或いは
選択制)であり、夫婦同姓が極めて例外的な制度であるという
事実を考えれば、「国家解体」や「家庭崩壊」は、あまりに極端
な考え方ではないだろうか。名前さえ同じなら家庭が円満で子
供も増えるという理屈は、「形さえ整えておけば良い」という日
本の悪しき形式主義のように感じられてならない。
また、これらの反対意見を聞いていると、夫婦別姓を望む人は、
何か常識から外れた変わった人であるかのように聞こえてくる。
この議論の中に、「差別」を感じるのは私だけだろうか。
民主主義である以上、反対も賛成も自由である。ただ、現実に
夫婦別姓を願い、「事実婚」の状態でこの制度の成立を待ち望
んでいる人が少しでもいる以上、国会議員としては、その人たち
に何らかの解決策を提示しなければならない。
「幸せのかたちは、個人の自由」。日本の国はそういう国である
べきだと思う。
参考資料(久武綾子著『氏と戸籍の女性史』)
夫婦同姓:日本(他になし)
選択制:ドイツ・ロシア・オーストリア・スイス・スウェーデン他
夫婦別姓:韓国・中国・台湾・イタリア・カナダ(ケベック州)他
民法上規定なし(原則自由):フランス・イギリス・米国他
和歌山新報2004年3月23日 「がんばってます」 掲載
|
|
|